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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)10642号 判決

甲事件原告、乙事件被告(以下「被告」という。)

梛木節子

右訴訟代理人弁護士

大石一二

澤田隆

乙事件被告(以下「乙被告」という。)

柳原一子

外二名

乙被告ら訴訟代理人弁護士

澤田隆

甲事件被告、乙事件原告(以下「原告」という。)

大和鋼業株式会社

右代表者代表取締役

中山一登

甲事件被告(以下「甲被告」という。)

中山一登

右二名訴訟代理人弁護士

香川文雄

主文

一  被告梛木節子の請求をいずれも棄却する。

二  乙被告柳原一子及び被告梛木節子は、原告大和鋼業株式会社に対し、連帯して金一三二五万四三〇五円及びこれに対する平成三年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告大和鋼業株式会社の乙被告柳原一子及び被告梛木節子に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  原告大和鋼業株式会社の乙被告梛木馨及び同大石一二に対する請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、被告梛木節子及び乙被告柳原一子と原告大和鋼業株式会社との間においては、原告大和鋼業株式会社に生じた費用の二分の一を被告梛木節子及び乙被告柳原一子の連帯負担、その余は各自の負担とし、被告梛木節子と甲被告中山一登の間においては全部を被告梛木節子の負担とし、原告大和鋼業株式会社と乙被告梛木馨、同大石一二との間においては全部を原告大和鋼業株式会社の負担とする。

六  この判決は、主文第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

(甲事件)

原告大和鋼業株式会社(以下「原告会社」という。)及び甲被告中山一登(以下「被告中山」という。)は、被告梛木節子(以下「被告節子」という。)に対し、連帯して金三四〇万円を支払え。

(乙事件)

被告節子及び乙被告らは、原告会社に対し、連帯して金八三六〇万五七七九円及びこのうち金八〇六〇万五七七九円につき平成三年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

(甲事件)

被告節子が、原告会社の元社長である訴外前田五郎(以下「前田」という。)に対する合計一億二〇〇〇万円の貸付金について、原告会社及び甲被告中山がその利息金三四〇万円の支払債務を引き受けたとして、原告会社らに対しその支払を求めた事案である。

(乙事件)

原告会社が、乙被告柳原一子(以下「乙被告柳原」という。)が、被告節子、乙被告梛木馨(以下「乙被告馨」という。)といわゆる訴訟詐欺を共謀し、乙被告大石一二(以下「乙被告大石」という。)を代理人として、原告会社に対する別件動産仮差押事件を申し立てる等して、原告会社の信用を毀損するなどし、その際、乙被告大石は、弁護士として求められる業務上の注意義務を欠いて乙被告柳原の代理人となり、右申立てなどに関与したとして、被告節子及び乙被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料等の支払を求めた事案である。

一  基礎となる事実(証拠等を付さない事実は、当事者間に争いがない。)

1 当事者等(甲、乙事件共通)

(一) 原告会社は、昭和四四年一二月二二日、訴外平和鋼板株式会社(旧商号・平和メッキ株式会社。昭和二八年六月設立。以下「平和鋼板」という。)のメッキ部門が独立する形で設立された、亜鉛メッキ鋼板の建築資材の製造販売を主な業務としている株式会社である。

甲被告中山は、昭和四七年に原告会社に入社し、昭和四八年四月に代表取締役常務、昭和六二年一二月に代表取締役社長、平成四年一二月に代表取締役会長にそれぞれ就任した(乙一一五)。

(二) 前田(明治四一年一月一二日生)は、平和鋼板設立のころ、同社の取締役に就任したが、昭和四八年、これを退任して、同年四月に原告会社の代表取締役専務、昭和五三年に代表取締役社長にそれぞれ就任した。

前田は、昭和六二年一一月初めころ一時失踪し、同月九日、代表取締役社長を解任され、同年一二月二二日、取締役をも解任された(甲六四の2、乙六〇)

前田の長男である訴外亡前田純一(以下「純一」という。)は、昭和五五年一二月、原告会社の取締役経理部長に就任したが、昭和六二年五月二四日、癌疾患により死亡した。

(三) 被告節子と前田は、昭和三〇年ころからの知り合いで、前田は被告節子と乙被告馨との結婚の仲人をする等個人的にも親しい関係にあり、また、被告節子は、昭和五三年四月から約一年間、原告会社に勤務し、昭和六一年当時、大阪府内で不動産業を営んでいた。

乙被告柳原は、被告節子の母であり、昭和六一年ないし六二年一〇月ころは三重県名張市内に居住していたが、その後、大阪府吹田市内に居住するようになった。乙被告柳原は、被告節子に対し、相続により取得した別紙1「物件目録」記載一及び二の各土地(以下、右一の土地を「第一土地」、右二の土地を「第二土地」という。)の売却及びその売却代金の管理・運用等を委ねていた。

乙被告馨は、被告節子の夫であり、昭和二九年四月から昭和六三年八月三一日までの間、平和鋼板ないし原告会社に勤務していた(乙二一、二四、五八、弁論の全趣旨)。

(四) 乙被告大石は、大阪弁護士会所属の弁護士(昭和五四年登録)であり、乙被告柳原の代理人として後記動産仮差押事件を申し立て(右執行の申立てを含む。)、また、乙被告柳原の訴訟代理人として後記別件訴訟事件を提起・追行した。

2 保証小切手の振出し及び入金(甲、乙事件共通)

前田は、原告会社の資金繰りに窮し、被告節子に対し金員の借入れを申し込み、右申込みに基づいて、昭和六一年一二月一二日、乙被告柳原の訴外株式会社三和銀行(以下「三和銀行」という。)梅田新道支店の普通預金を資金として、三和銀行名義の額面九〇〇〇万円の保証小切手(以下「本件小切手」という。)が振り出され、同日、右小切手は原告会社の依頼により、訴外兵庫銀行株式会社(当時の商号・兵庫相互銀行株式会社。以下「兵庫銀行」という。)が取り立て、同銀行九条支店の原告会社名義の当座預金口座に右九〇〇〇万円が入金された(以下右金員の貸付を「別件消費貸借契約」といい、これに基づき貸金を「別件貸金」ともいう。)。

3 利息支払債務の引受契約(甲事件関係)

甲被告中山は、前田の依頼により、被告節子に対し、昭和六三年八月三一日、前田に代わって、同人の被告節子に対する貸金債務の利息金三四〇万円の支払義務を引き受ける旨約した(以下「本件引受契約」という。甲一)。

4 別件仮差押事件の申立て及び別件訴訟事件の提訴等(乙事件関係)

(一) 乙被告柳原は、昭和六三年一〇月一九日、債権者を乙被告柳原、債務者を原告会社、被保全権利を、乙被告柳原が原告会社に対し、昭和六一年一二月一二日、九〇〇〇万円を弁済期昭和六二年九月末日・利息年六分の約定で本件小切手を交付して貸し付けたことによる(別件消費貸借契約)、同額の元本債権のうち三〇〇〇万円の元本債権、目的物を原告会社所有の動産とする動産仮差押えを当庁に申し立て(当庁昭和六三年(ヨ)第三八八六号事件、以下「別件仮差押事件」という。)、同月二四日、動産仮差押決定を得た。さらに、乙被告柳原は右決定の執行を当庁執行官に申し立て(当庁昭和六三年(執ハ)第九五四号事件)、同月二七日、原告会社の工場内製品倉庫に存在するカラー鉄板製品二〇〇トン(評価額三〇〇〇万円)について仮差押えがされた。

(二) これに対し、原告会社は、昭和六三年一一月一五日、被告柳原に、別件仮差押事件について起訴命令を申し立てたので(当庁昭和六三年(モ)第五四八九二号事件)、乙被告柳原は、昭和六三年一一月一七日、原告会社に対し、甲事件についての本件訴訟とともに、貸主を乙被告柳原、借主を原告会社とする別件消費貸借契約に基づいて、元本九〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月一二日から支払済みまで年六分の割合による利息及び遅延損害金の支払を求める訴訟を当庁に提起した(当庁昭和六三年(ワ)第一〇六四一号貸金請求事件。以下「別件訴訟事件」という。)。

(三) その後、原告会社は、乙被告柳原に対し、平成二年四月一〇日、別件仮差押事件の仮差押決定につき異議を申し立てた(当庁平成二年(モ)第五一二九八号事件)。

(四) 乙被告柳原は、平成三年二月二〇日、別件訴訟事件において、請求棄却の判決を受け、右判決が確定したため、同年三月一一日、別件仮差押事件の申立てを取り下げたので、これに基づいて右仮差押の執行が取り消され、原告会社に対し、同月一四日、同事件の執行取消調書が送達された(弁論の全趣旨)。

二  当事者の主張

(甲事件について)

1  被告節子の主張

(一) 被告節子は、前田に対し、次の各金員を、弁済期・定めなし、利息・年五分の約定で貸し付けた(貸付合計金額一億二〇〇〇万円。以下、右各消費貸借契約を総称して「本件各消費貸借契約」といい、本件各消費貸借に基づく貸金を「本件各貸金」ともいう。)。

貸付日 貸付金額

(1) 昭和六一年七月末ころ 一五〇〇万円

(2) 同年八月末ころ 一五〇〇万円

(3) 同年九月末ころ 三〇〇〇万円

(4) 同年一〇月末ころ 六〇〇〇万円

(二) 本件各貸金の資金源は、別紙3「各貸金資金源一覧表」記載1のとおりである(右1の記載中「B勘定」とは、節税ないし脱税目的で、真実の売買代金より低い金額を売買契約書に記載し、差額を現金で授受することによって捻出された金員であることを示しており、また、同表の1(1)①記載、同(3)記載の各売買契約は、それぞれ第一土地、第二土地の売買契約である(以下、「第一売買」、「第二売買」とそれぞれいう。))。

また、別紙2「弁済状況一覧表」記載1の各支払は、本件各貸金元本に対するものである。前田は、被告節子に対し、本件各貸金元本に対する弁済として、同表記載2のとおり五二〇〇万円を弁済した。前田による右五二〇〇万円の捻出方法及び被告節子がこれをどのように費消したかについては同表記載2のとおりである。

(三) 被告節子と前田は、昭和六二年一二月ころ、本件各消費貸借契約に基づいて前田が支払うべき利息を合計三四〇万円とする旨定めた(以下「本件利息金」という。)。

(四) 甲被告中山は、被告節子と、昭和六三年八月三一日、本件利息金について本件引受契約を締結し、また、原告会社も、被告節子と、同日、同意書(甲一)を作成する際に、本件利息金を甲被告中山と連帯して支払うことを約した。

(五) よって、原告会社らは、被告節子に対し、連帯して本件利息金三四〇万円を支払う義務がある。

2  原告会社らの主張

(一) 被告節子と前田との間には、昭和六一年当時、別件消費貸借契約(貸付金額九〇〇〇万円)が存在するだけで、本件各消費貸借契約は存在せず、別件貸金の元本債権は、別紙2「弁済状況一覧表」記載1のとおり、全額が弁済されたことにより消滅した。

(二) 原告会社は、被告節子に対し、本件利息金三四〇万円を支払う旨約したことはない。

(三) 抗弁1(錯誤)

原告会社らが被告節子と本件引受契約を締結したのは、前田が、被告節子から貸付けを受けた金員を原告会社の営業資金等にあてていたものと認識し、原告会社としては被告節子に対し、本件利息金を支払うべきものと考えたからである。

しかし、前田は、右借入金を純一の入院費の支払等の個人的な用途に費消していたのであるから、原告会社らによる債務引受けの意思表示には要素に錯誤があり、本件引受契約は無効である。

(四) 抗弁2(相殺)

原告会社は、被告節子に対し、平成元年一月二三日の本件口頭弁論期日において、後記二3記載の八三六五万五〇七九円の損害賠償請求債権を自働債権とし、被告節子の本訴(甲事件)請求債権を受働債権として、対当額で相殺する旨意思表示をした。この結果、被告節子の原告会社らに対する本件利息金の支払請求権は消滅した。

(乙事件について)

3 原告会社の主張

(一)  乙被告柳原、被告節子及び乙被告馨の責任

(1) 別件貸金の元本債権(九〇〇〇万円)の消滅について

別件貸金は、被告節子と前田との消費貸借契約に基づくものであって、原告会社の被告節子に対する債務ではないし、また、前田の被告節子に対する別件貸金の元本債務が弁済により消滅したことは、前記二2(一)の主張のとおりである。

(2) 乙被告柳原、被告節子、乙被告馨及び前田は、前項記載の事実を知悉しながら、原告会社からいわゆる訴訟詐欺によって九〇〇〇万円を騙取しようと共謀のうえ、乙被告柳原を申立人ないし原告として、前記一5のとおり、別件仮差押事件を申し立て(右執行の申立を含む。以下同じ。)別件訴訟事件を提起・追行した。

仮に被告節子らに故意がないとしても、通常人であれば別件貸金の元本債権(九〇〇〇万円)が消滅したことは容易に認識できたはずである。

したがって、乙被告柳原、被告節子及び乙被告馨には、別件仮差押事件の申立て及び別件訴訟事件の提訴・追行について故意又は過失があるのであって、同人らは、原告会社に対し、民法七一九条一項、七〇九条に基づき、別件仮差押事件の申立てないし別件訴訟事件の提訴・追行等によって原告会社が被った損害を賠償する責任を負う。

(二)  乙被告大石の責任

(1) 弁護士は、依頼者から民事事件について訴えの提起等を受任するか否かを判断する際、十分に事情を聴取し、書証をはじめとする各証拠を精査して、請求債権が存在するか否かを検討しなければならず、その存在について合理的な疑いがあれば、相手方に対して不当な訴訟提起等により損害を与えないように依頼を拒絶すべきであり、また、訴え等を提起した後であっても、その追行過程において、依頼者の非違不正を発見したときは、これを是正する等して対処すべき業務上の注意義務を負っている。

ところで、本件各消費貸借契約について、被告節子から前田に対する金銭の授受、前田の借入れ目的や借入金の使途等を明らかにすべき直接的な資料は全く存在しない。そして、本件各消費貸借契約(貸付金額合計一億二〇〇〇万円)が存在しないとすると、前田による別紙2「弁済状況一覧表」記載1の合計九〇〇〇万円の弁済は、別件貸金元本(九〇〇〇万円)に対する弁済と考えざるを得ない。

このような事情を総合すると、本件各消費貸借契約が存在せず、ひいては、被告柳原の前田に対する右九〇〇〇万円の貸金返還請求権が存在しないことは明らかであった。

しかし、乙被告大石は、前記(1)の弁護士としての注意義務を怠り、乙被告柳原、被告節子及び前田の説明をそのまま信用して、乙被告柳原の申立人代理人ないし訴訟代理人として、漫然と別件仮差押事件を申し立て、さらに、本件甲事件の訴え提起と併せて別件訴訟事件を提訴・追行するという不法行為によって、原告会社に対し、損害を被らせたのである。

したがって、乙被告大石は、原告会社に対し、乙被告柳原らと連帯して、別件仮差押事件の不当な執行等によって原告会社が被った損害を賠償すべき責任がある。

(三)  原告会社が別件仮差押事件の執行等により被った損害

合計八三六〇万五七七九円

(1) カラー鉄板製品二〇〇トンを販売できなかったことによる金利相当損害金 五二二万七二五一円

原告会社は、別件仮差押事件の執行がなされている間、その商品であるカラー鉄板製品二〇〇トンを販売できなかった。このような在庫の固定は、借入れによる資金の固定と同視できるから、右執行により右商品の販売価格の金利相当分の損害を受けたものというべきであり、別紙4「損害金計算書(一)」記載1のとおり、五二二万七二五一円の損害を被った。

(2) 取引量減少に基づく損害

二一四一万一八五〇円

原告会社の昭和六三年度ないし平成三年度のカラー鉄板製品の取引先営業所別の出荷状況は、別紙6「カラー鉄板扱店別出荷実績表」記載のとおりである。

右各営業店のうち、訴外三星商事株式会社(以下「三星商事」という。)の姫路、松山、綾部の三営業店及び同今井金商株式会社(以下「今井金商」という。)釧路営業所の合計四営業店(以下「本件四営業店」という。)と原告会社との間の取引量は、商品であるカラー鉄板製品について仮差押えの執行を受けたために、同表記載のとおり減少した(別紙7「カラー鉄板出荷実績推移」は、別紙6の表の内容を、右四営業店とそれ以外に分類するなどして整理したものである。)。

原告会社と本件四営業店との間の取引量は、本来、原告会社と他の営業店との間の取引量と同様に増加するはずだったのであり、右仮差押えによる損害の算定に際しては、かかる推定増加分をも考慮すべきである。

そうすると、原告会社は右仮差押えの執行によって、前記「損害金計算書(一)」記載2のとおりの取引量の減少により、二一四一万一八五〇円の損害を被った。

(3) 信用毀損等による精神的損害

四三九六万六六七八円

原告会社は、別件仮差押等により信用が毀損され、前記「損害金計算書(一)」記載3のとおりの損害を被った。

(4) 弁護士費用 一三〇〇万円

原告会社は、別件仮差押え・別件訴訟等に応訴せざるを得なくなり、弁護士香川文雄(以下「香川弁護士」という。)に対し、別件訴訟事件や本件訴訟(乙事件)の追行等を依頼し、前記「損害金計算書(一)」記載4のとおり、弁護士費用を支払う旨約した。

(四)  よって、被告節子及び乙被告ら各自は、原告会社に対し、不法行為に基づく損害賠償として、八三六〇万五七七九円及びこのうち八〇六〇万五七七九円(乙事件訴訟の弁護士費用三〇〇万円を控除した金額)について不法行為後である平成三年三月一四日(別件仮差押事件の執行取消調書が原告会社に対し送達された日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

4 被告節子及び乙被告らの主張

(一)  本件各消費貸借契約(貸付金額合計一億二〇〇〇万円)は、別件消費貸借契約(貸付金額九〇〇〇万円)と別個のものである。

被告節子は、乙被告柳原を代行して、原告会社と別件消費貸借契約を締結したが、別件貸金(元本九〇〇〇万円)は、元利金とも弁済されておらず、別紙2「弁済状況一覧表」記載1の各弁済は、本件各貸金の元本に対する弁済である。

(二)  故意及び過失の不存在(被告節子及び乙被告ら共通)

(1) 民事訴訟を提起する行為自体が相手方に対する不法行為を構成するのは、当該訴訟において右訴えが排斥されたというだけでなく、その主張した権利又は法律関係が事実的・法律的根拠を欠いていたことを提訴者が知っていたか、又は知らなかったとしても容易に知り得たのにあえて右訴えを提起したというように、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限定される。

また、仮差押えの申立て自体が不法行為を構成するのも、本案訴訟において原告が敗訴したというだけでは足りないというべきである。

(2) 乙被告柳原は、別件訴訟事件において、その立証責任を尽くすことができなかったため敗訴したにすぎない。

前記二4(一)のとおり、本件各貸金(元本合計一億二〇〇〇万円)と別件貸金(元本九〇〇〇万円)の二口の貸付けがなされたことは厳然たる事実であって、乙被告柳原が原告会社に対し、九〇〇〇万円の貸付金について、別件仮差押事件を申し立て、さらに、別件訴訟事件を提訴・追行したことは正当であり、乙被告柳原に過失はない。

まして、乙被告柳原、被告節子、乙被告馨が、別件貸金の元本債権の不存在を認識しながら、別件仮差押事件を申し立てたり、別件訴訟事件を提訴した事実もない。

(三)  乙被告大石の過失の不存在(乙被告大石関係)

(1) 弁護士の訴訟提起・追行が不当であることを理由として不法行為を構成するのは、右弁護士が訴えの提起自体が違法であることを知っていたか、知らなかったとしてもそれを容易に知り得たことを要するというべきである。

(2) 乙被告大石は、乙被告柳原及び被告節子から、相談を受けた時点で、別件消費貸借契約に関する事実関係を聴取し、貸付金の資金等(甲七、八)や右貸付けるべき書証(甲五の1〜4)について調査したうえ、原告会社に対し、昭和六三年九月二二日、内容証明郵便(甲二)をもって別件消費貸借契約(貸主・被告柳原、借主・原告会社)に基づく九〇〇〇万円の元利金の支払を督促したところ、原告会社から右貸金は弁済済みである旨の回答を受けた。

そこで、被告大石は、同年一〇月一日、前田と面談して事実関係を聴取したところ、前田は、原告会社は別件消費貸借契約(貸主・被告柳原、借主・原告会社)に基づく元利金を弁済していないが、前田自身が個人的に借り受けた金員を一部は弁済した旨説明し、右説明内容は、乙被告柳原、被告節子の説明内容と一致した。

そこで、乙被告大石は、乙被告柳原、被告節子の主張と原告会社の主張が一致しない箇所等を確認するため、同月一三日、大阪弁護士会館において、原告会社の担当者と協議した。前田は、その際、原告会社の借受けと前田の個人的な借受けとの合計二口の借受けがあり、前者は弁済されていないと説明した。しかし、原告会社の担当者は、終始、前田が借受金を弁済した旨主張し、それ以上何ら説明しなかった。この結果、乙被告大石は、訴訟による解決もやむをえないと判断して、別件仮差押事件を申し立てるとともに、別件訴訟事件を提起したのである。

乙被告柳原は、別件訴訟事件において、本件各消費貸借契約(貸金合計一億二〇〇〇万円)の個々の貸付けの契約締結日や金額について主張を変遷させたが、これは、借用証書等が存在しなかったため、被告節子の記憶に基づいて主張を構成したところ、不鮮明であった被告節子の記憶が漸次鮮明になったためであって、被告節子及び乙被告柳原の主張は、基本的には変化していない。

また、右貸付けの資金源の一部は、いわゆる「B勘定」に基づく金員であったが、乙被告大石が被告節子からそのことを説明されたのは、別件訴訟事件の提起後しばらくしてからのことであった。

以上のとおり、被告大石は、弁護士の業務遂行において必要な注意を払っており、別件仮差押事件の申立て・執行、別件訴訟事件の提起・追行のいずれについても過失はない。

(四)  原告会社の損害について

(1) 原告会社は、別件仮差押事件において、仮差押えの目的物とされた二〇〇トンのカラー鉄板製品を販売するなどしており、その中身は随時変動していた。このことは、原告会社の当時の取締役専務であった訴外芦田正夫(以下「芦田」という。)が執行官に対し、平成元年八月一〇日の点検執行の際に認めていたところである。また、在庫保持により金利相当額の損害が生じるとの主張も相当でない。

(2) 原告会社と本件四営業店との間の取引量が減少したことと、別件仮差押えの執行との間には、因果関係がない。

(3) 原告会社の慰謝料請求を認めるべき事実もない。

三 主たる争点

1 本件各消費貸借契約の存否(別件消費貸借契約(貸付金九〇〇〇万円)以外に、本件各消費貸借契約(貸付金合計一億二〇〇〇万円)が存在したか。別紙2「弁済状況一覧表」1記載の各弁済は、右九〇〇〇万円の貸付金に対するものであったか。―甲、乙事件関係)

2 被告らの過失の有無(不当訴訟・不当仮差押えにおける提訴者・申立人・弁護士の責任―乙事件関係)

3 原告会社が別件仮差押事件の執行等により被った損害及び乙被告らの行為との間の相当因果関係(乙事件関係)

第三  争点に対する判断

一  本件各消費貸借契約の存否について(争点1)

1  同意書(甲一)の作成経緯

前記基礎となる事実に加え、証拠(甲一、二の1・2、三、四〇、四四、四六、六〇、乙三の1・2、乙一九、六〇、七三ないし七五、八一、八二の1ないし4、八三ないし八五、八六の1・2、八八、原告代表者兼甲被告本人中山の供述(以下「中山供述」という。))及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(一) 原告会社の昭和六一年ないし六三年ころ(別件仮差押事件の執行まで)における経営状況

(1) 前田は、昭和五三年に原告会社の代表取締役に就任すると、経理部長であった純一(昭和五六年に取締役に就任)とともに、原告会社の営業・経理関係等の実権を掌握して、いわゆるワンマン体制を敷いた。

前田は、純一が癌疾患により入退院を繰り返すようになった昭和六一年一月以降、原告会社の社印、銀行印、金庫の鍵などを所持するようになり、経理関係についても一切実権を掌握し、原告会社の資金繰り等も同人がすべて差配することとなった。

(2) 前田は、資金繰りの都合上、貿易商社から前渡金を取得できる輸出に重点を置いて、原告会社の経営に携ったものの、円高の影響で、原告会社は原価割れ価格での輸出を余儀なくされるなど、経営状況は悪化した。

このため、前田は、自己の資金もしくは借入金を原告会社に投入したり、また、原告会社名義の融通手形を大量に振り出し、あるいは取引先である訴外共和建設株式会社と融通手形を交換し、これらをいわゆる街の金融業者で高利で割引を受けるなどして、原告会社の運転資金を捻出する一方、粉飾決算によって、原告会社の経営状態が悪化していることを隠蔽した。

この結果、原告会社は、債務がいっそう増大して、倒産寸前の状態になり、資金繰りの目処もたたなくなり、前田は、右状態に窮して昭和六三年一一月一日ころ、遺書と思われる書面(乙一)を残して、一時失踪した。

(3) 原告会社は、前田が失踪した後である同月九日、前田を代表取締役から解任し、甲被告中山が代表取締役社長に就任した。また、原告会社は、株主総会において、同年一二月二二日、前田を取締役から解任する旨の決議をした。

(4) 原告会社は、前田失踪後、倒産の危機に瀕したが、甲被告中山の不動産を担保に、訴外株式会社近畿銀行(以下「近畿銀行」という。借入日・昭和六二年一一月一〇日より同年一二月三一日まで、金額・合計六億五〇〇〇万円)、同いずみファイナンス株式会社(借入日・同年一二月二九日、金額・一〇億円。右内金六億五〇〇〇万円は近畿銀行からの借入金の返済に充てられた。)、兵庫銀行(借入日・昭和六三年四月六日、金額四〇〇〇万円)などからそれぞれ金員を借り受けるなどして、原告会社が振り出した融通手形の不渡りを回避し、また、人員整理を行うなどして、経営の再建を図り、倒産の事態は回避された。

(二) 同意書(乙一)の作成

(1) 前田は、昭和六三年一月二〇日ころ、甲被告中山に対し、「御依頼とお願い」と題する書簡を送付した(甲三、乙三の1・2)。

右書簡には、「(1)依頼の件」として、「梛木節子氏より昭和六一年一一月中旬 九千万円昭和六二年九月末までの期限で預りました金について元金の九千万円は約束通り返金しましたが その間の金利約三四〇万円程に成ると思いますが 支払っておりませんので資金繰が付いた時点でお支払下さるよう御依頼申し上げます」と記載されていた。

原告会社が調査したところ、昭和六一年一二月一二日付けで前田からの借入金九〇〇〇万円の入金が帳簿に記載されていた(甲四〇)。

そこで、甲被告中山は、右書簡に記載された九〇〇〇万円が右帳簿に記載された金員であると考え、当時原告会社の従業員だった乙被告馨を通じて、被告節子に対し、右九〇〇〇万円の元金返済についての明細書の提出を求めた。

被告節子は、前田と子細に検討のうえ、昭和六三年三月ころ、返金明細書(乙一九)を作成のうえ、甲被告中山に交付した。

(2) 他方、乙被告馨は、原告会社に同期に入社した他の従業員が取締役に就任する一方、自らは原告会社の製造部長から原告会社の関連会社(中央ラス株式会社)の工場の製造責任者への転出を命じられたことなどに不満を持ち、甲被告中山に対し、同年六月ころ、原告会社を退職する旨告げた。

(3) 甲被告中山は、前田が被告節子から借り受けた九〇〇〇万円は、前田が原告会社に同額を貸し付けることによって、原告会社に入金されており、その利息は実質的には原告会社が負担すべきものと考えたが、原告会社の従業員等の間では前田の乱脈経営等に対する不満が強く、原告会社が前田個人の借入金の利息を負担することに抵抗があったことから、甲被告中山が個人として前田に代わって本件利息金三四〇万円を支払うことにした。

また、甲被告中山は、被告節子から、同年六月ころ、右九〇〇〇万円のほか、一億円ほどの貸金があるなどと話されたことから、芦田に対し、原告会社と被告節子の間の債権債務関係等を明確にするよう指示した。芦田の調査では原告会社が被告節子に支払うべき債務はなかったので、これらを明確にするため、芦田に同意書の原案を作成させた。

そして、原告中山、芦田、被告節子、乙被告馨は、同年八月三一日、会合し、甲被告中山と被告節子、乙被告馨が同意書(甲一)に調印した。同意書には、原告会社が乙被告馨に対し同年九月一四日、退職金額として五八七万〇七三五円を支払うことのほか、甲被告中山が、前田に代わって、「前田五郎宛貸付金(元金は返済)の金利」三四〇万円を支払うべきこと、被告節子と原告会社との間には金銭消費貸借に基づく債権債務関係がないことを確認することなどが記載されている。

(三) 乙被告柳原は、乙被告大石を代理人として、昭和六三年九月二一日付け内容証明郵便で、原告会社に対し、九〇〇〇万円の貸金元金及び利息を支払うよう催告した。

2  本件各消費貸借契約及び別件消費貸借契約について

被告節子らは、同意書(甲一)記載の利息金は、本件各消費貸借契約に基づくものであって、別件消費貸借契約に基づくものではないとして、本件各消費貸借契約について、その貸付日、金額、資金源が別紙3「各貸金資金源一覧表」記載のとおりであり、別紙2「弁済状況一覧表」記載の弁済は、本件各貸金に対するものである(最終返済金五二〇〇万円の被告節子の使途、及び、前田の右返済金の捻出方法も同表記載のとおりである。)旨主張する。

本件各消費貸借契約については借用証書や金員の領収書は存在せず、被告節子の主張に副う事実及び証拠としては、① 前記のとおり、被告節子は、昭和六三年六月当時から、本件各消費貸借契約と別件消費貸借契約とは別個の貸付けであることを述べていること、② 前田が本件各貸金の貸付日、使途、弁済状況について作成した甲五八、六〇、六〇の1ないし3、六二の1ないし5、六四の1・2の各書面の記載(これらは前田が本訴提起後に作成した供述書面である。)、前田の別件訴訟での証人調書(乙六〇)及び本件訴訟での証言(以下、これらを併せて「前田供述」という。)、被告節子の別件訴訟での証人調書(乙五八)及び本件訴訟における供述(以下、併せて「被告節子供述」という。)等が挙げられる。

しかし、前田供述及び被告節子供述は、以下のとおり到底信用することはできない。

(一) 前田供述及び被告節子供述等の変遷

被告節子や前田の言動等には、貸付日、貸付金額、弁済金額、資金源等の重要な事実について、次のとおり変遷がある。

(1) 別件仮差押事件申立て前の言動

前記一2(二)(1)に説示のとおり、前田は、甲被告中山に対し、昭和六三年一月二〇日、被告節子から昭和六一年一一月中旬ころ九〇〇〇万円を借り受けた旨書簡に記載した書簡を送付しており(甲三、乙三の1・2)、また、被告節子も、甲被告中山に対し、昭和六三年三月ころ、貸金が九〇〇〇万円であること、これに対する弁済は別紙2「弁済状況一覧表」記載1のとおりであるとする返金明細書(乙一九)を作成・交付していた。

(2) 本件訴訟(甲事件)における貸付日、貸付金額等に関する主張

しかし、被告節子は、本件訴訟(甲事件)において、当初、一回について一〇〇〇万円から一五〇〇万円を前田について貸したというのみで、本件各消費貸借契約の貸付日付、貸付金額を明確にせず、貸付日が昭和六一年一一月一五日、貸付金額が九〇〇〇万円、弁済状況が別紙2「弁済状況一覧表」記載1のとおりとしたうえで、本件利息金を三四〇万円であると主張した(平成元年四月一七日付け被告節子の準備書面)。

ところが、被告節子は、平成元年九月二五日の本件口頭弁論期日において、貸付日時・金額は、昭和六一年七月末ころ、六〇〇〇万円、同年八月末ころ・一五〇〇万円、同年九月末ころ・一五〇〇万円、同年一〇月末ころ・三〇〇〇万円であると主張したが、同年一一月二九日の本件口頭弁論期日において、貸付日時・金額が第二・二1(一)のとおりである旨主張を訂正した。

また、被告節子は、平成三年七月二五日の本件口頭弁論期日において、前田が被告節子に対し五二〇〇万円を弁済していることを新たに主張するに至った。

(3) 本件各貸金の資金源についての主張

被告柳原は、本件各貸金の資金源について、別件訴訟において、別紙3「各貸金資金源一覧表」記載3(一)から同(二)とその主張を変遷させた。なお、同(二)(4)記載の主張(被告節子は別件訴訟でその旨証言した(乙五八)。)は、昭和六一年一〇月一五日、被告柳原の名義で六〇〇〇万円が訴外東洋信託銀行株式会社難波支店で貸付信託されている事実(乙四七、四九の1ないし3、弁論の全趣旨)と符合せず、虚偽であることは明らかである。

さらに、被告節子は、平成三年七月二五日の本件口頭弁論期日において、同表記載1のとおり主張を訂正した。

(二) 本件各貸金の資金源、弁済金の使途等についての被告節子供述についても、次のとおり不自然な点がある。

(1) 昭和六一年九月末ころ及び同年一〇月末ころの各貸付けの資金源とされる「B勘定」の存在を裏付けるべき証拠がない。

また、証拠(乙六二の1、2)によれば、第二売買の手付金三五〇〇万円が、昭和六一年九月二六日、被告柳原の三和銀行梅田新道支店に振込入金されているものの、右金員は、同日から同年一〇月一日にかけて一一回にわたり合計一六五〇万円出金され、また、同月一日、一四〇〇万円が振替出金されていることが認められ、被告節子らの主張(別紙3「各貸金資金源一覧表」記載1(3))と符合しない。

(2) さらに、別紙2「弁済状況一覧表」記載2(6)の弁済金について、被告節子の使途を裏付ける証拠はない(甲六九の21・22は、昭和六三年一〇月二四日以前に金員が振り込まれたことを示す書類である。)。

前田が被告ら主張のとおり弁済したとすると、二二〇〇万円の過払いになり、これに関する被告節子の説明は別件貸金の弁済としない理由が不明であり、合理的な説明とは言い難い。

さらに、前田が本件各消費貸借契約によって借り入れた資金の使途等について、前田は、純一の入院費用や遊興費の支払などのために用意し、そのうち約三五〇〇万円を使用したとして、その明細を提出するが(前田証言、甲六〇)、そのうち約二〇〇〇万円は昭和六〇年以前のものであり、純一の治療費等も過大であり、本件各消費貸借契約の借入金額、回数等と符合しない(乙五四参照)。

前田は、純一が死亡した昭和六二年五月二四日以後、昭和六三年一〇月二四日まで五二〇〇万円を自宅の押入れに保管しており、これを弁済しなかったのは、純一関係の請求がなされる可能性があったからであると証言するが(前田証言)、前田は別紙1「弁済状況一覧表」記載の弁済金として純一の妻である前田文子名義の預金を費消し(甲五八)、また、純一の遺産を原告会社に投入したこと(甲三、乙三の1)、前記失踪の経緯、甲被告中山に対し純一の相続税約四〇〇万円等の支払を懇願していること(甲三、乙三の1)等に照らし、右証言は不自然というほかなく、到底信用できない。

(三) また、本件各貸金について前田の被告節子に対する元本債務が昭和六三年一〇月二四日の時点で残存していたとすることは、甲一及び甲三(乙三の1)に、元本が返済済みであると記載されていることと矛盾している。

(四) 証拠(甲五八、乙六〇、前田証言、乙被告大石供述)によれば、前田は、当時の記憶が明瞭でなく、被告節子の主張に合わせて、貸付金・貸付金額や弁済日・弁済金額を特定し、供述等したことが認められる(たとえば、前田は、昭和六三年一〇月一日の時点で、貸付日、貸付金額、弁済金額について、明瞭に覚えておらず(乙被告大石供述)、別件訴訟事件の証人尋問の際(平成二年五月一一日尋問)にも、五二〇〇万円の弁済について言及せず、被告節子に対し債務が残っている旨証言したが(乙六〇)、平成三年七月一五日付け「梛木節子借入明細」と題する書面(甲五八)において昭和六三年一〇月、五二〇〇万円を弁済した旨を記載している。)。

(五) 前記のとおり、被告節子らは、前田と個人的に親しい関係にあり、右関係に基づいて金銭の貸付けを行ったものとみられるが、前田が一時失踪し、原告会社の取締役も解任されているのに(右事実は原告会社の従業員である乙被告馨を通じて直ちに知ったと推測される。)、直ちに原告会社に請求するとか、その債権の保全に意を用いた形跡もないことは、右の当時、被告節子は、本件各貸金あるいは別件貸金を含め、弁済を受けた九〇〇〇万円以外に多額の貸金の未払が存在しなかったことを推測させる。

(六) 被告節子や前田の各供述の裏付けになるべき客観的証拠も、前記のとおり、欠如しており、本件各消費貸借契約がなされたとする被告節子・前田の各供述は、到底信用することはできない。

以上を総合すると、前記2①のみから本件各消費貸借契約の存在を即断することはできないし、前田供述及び被告節子供述は信用することはできず、他に本件各消費貸借契約を認定するに足りる証拠はない。

3  同意書記載の対象となった貸金について

(一) 同意書作成の契機となった前田の昭和六三年一月二一日付け書簡(甲三、乙三の1)によれば、前田は、甲被告中山に対し、(1)「依頼の件」と(2)「お願いの件」とを区別して記載し、依頼の件として、「被告節子から昭和六一年一一月中旬に九〇〇〇万円預かった金については元金九〇〇〇万円は返済したが、その間の金利約三四〇万円ほどは支払っていないとして支払うよう依頼する」旨記載され、また、お願いの件として、「純一の相続税四〇〇万円及び前田が親戚から借り入れて原告会社に投入した金のうち厳しく請求されている五〇〇万円の支払をお願いする」旨記載されている。そして、純一の相続税の支払の「お願い」も、純一の遺産や預金をほとんど全部原告会社につぎ込んでいる旨を記載し、これらを総合すると、前田の依頼や「お願い」は、前田が被告節子からの預り金も含め、前田によって原告会社に多額の金員が投入されたことを前提とするものである。

そして、もし、九〇〇〇万円の借入れ以外に前田供述や被告節子供述のように一億二〇〇〇万円もの借入金が存在するのであれば、前田が右書簡において言及しないとは考えられない。

(二) 昭和六三年六月ころ、被告節子は甲被告中山に対し九〇〇〇万円の他に前田に対して一億円くらいの貸金がある旨の口吻を漏らしていたが、被告節子は、同意書の作成に関する協議の中で甲被告中山に対して右貸金の内容を明らかにしたことはなく、利息の支払を求める貸金は九〇〇〇万円であり、元金は支払済みであるとして弁済内容を明らかにする書面を交付している。同意書で引受けが合意された利息金が本件各貸金の利息であるとするならば、被告節子の右のような態度は不可解というほかはない。

さらに、被告節子は、乙被告柳原から、第一土地、第二土地の売買代金の管理を任されており、別件貸金も前田と被告節子との間で貸付けの合意がなされたのであるから、原告会社との利息支払に関する協議の中で乙被告柳原が原告会社に貸し付けたという別件貸金の支払を請求しないとは考えられないにもかかわらず、昭和六三年八月まで右請求がなされなかった。

(三) 前田供述及び被告節子供述によると、利息金の支払についての合意が成立した際、本件各貸金のうち三〇〇〇万円の元金は未払の状態であったにもかかわらず、右未払元金債務について全く触れることなく、既に弁済を受けた九〇〇〇万円に関する利息金の支払についてのみ協議がなされたことになり、不自然というほかない。

(四) 前田が原告会社の取締役等を解任され、甲被告中山が原告会社の代表者に就任した経緯に鑑みると、同人が前田からの利息金の支払の依頼に応じたのは、九〇〇〇万円の金員が前田から原告会社に提供されたと認識していたからにほかならない。そして、右の九〇〇〇万円に該当するのは、昭和六一年一二月一二日に原告会社の当座預金口座に入金された別件貸金以外には存在しない。

以上の事情を考慮すると、被告節子と甲被告中山との間で合意された利息金の引受契約の対象は、別件消費貸借契約に基づいて発生した利息金であると認めるのが相当であり、本件各消費貸借契約に基づく利息金とは認めることができない。

4  別件貸金元本の弁済について

そして、以上の認定説示した事情、特に本件引受契約の対象である利息金は別件消費貸借契約に基づくものであること、被告節子は乙被告柳原の預金等をすべて管理していたことを総合すると、別件消費貸借契約は貸主を被告節子、借主を前田とするものであると認めるのが相当であり、本件各消費貸借契約が認められず、また、被告節子が前田に対し、昭和六一ないし六二年当時、別件消費貸借契約以外の貸付けをしていたことについて、何ら主張、立証しない以上、別紙2「弁済状況一覧表」記載1の合計九〇〇〇万円の弁済は、別件消費貸借契約についてなされたものと認めるのが相当である。

したがって、別件貸金元本は、昭和六二年九月二二日時点において、弁済により消滅したものと認められる。

5  したがって、本件各消費貸借契約の存在を前提とする被告節子の原告会社らに対する請求(甲事件)は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

二  被告節子及び乙被告らの責任について(争点2)

1  別件仮差押事件の申立て、別件訴訟事件の提訴当時の状況等

前記認定事実に加え、証拠(甲二の1・2、四、乙二〇の1・2、二六の1〜3、前田証言、証人小谷智昭(以下「小谷」という。)の証言、甲被告中山、被告節子、乙被告大石の各供述)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(一) 被告節子は、乙被告大石に対し、昭和六三年九月頃、別件貸金の返還について相談した。乙被告柳原は、被告節子に対し、第一土地及び第二土地の売却代金の管理・運用を委ねており、乙被告大石から訴訟提起等の意思の有無について尋ねられた際、被告節子に訴訟を提起するか否か等も事実上任せている旨述べた。

乙被告大石は、被告節子より、別件消費貸借契約について事実関係を聴取し、乙被告柳原の口座から本件小切手をもって出金された九〇〇〇万円が原告会社の銀行口座に入金された証拠(甲五の1〜4)、その資金源となる第一売買及び第二売買についての証拠(甲七、八)を調査した。

(二) 乙被告大石は、乙被告柳原の代理人として、原告会社に対し、昭和六三年九月二二日、内容証明郵便によって、別件消費貸借契約に基づく元利金を請求するとともに別件貸金と昭和六一年一一月一五日付けの貸金(貸主・被告節子、借主・前田)とは別個のものであることなどを通知した(甲二の1・2)。

原告会社から依頼を受けた香川弁護士は、乙被告大石に対し、昭和六三年九月二七日、内容証明郵便によって、原告会社が被告節子との関係で金員を借り入れたのは一回限りであり、それも既に弁済されている旨通知した。

乙被告大石は、被告節子、乙被告馨とともに、同年一〇月一日、京都市内にある前田宅を訪問し、前田に対し、原告会社が別件貸付金を返還したか否か等について事情を聴取した。

前田は、原告会社がボーナス等の支払にあてる資金として九〇〇〇万円を借り受けたが、未だその弁済をしていないと述べ、また、前田個人が被告節子から数回にわたって高額の金員を借り、数回にわたって弁済したことがあるが、その記憶は明瞭でない旨述べた。

ただし、別紙2「弁済状況一覧表」1記載の合計二二〇〇万円の小切手による弁済について、前田は別件貸金の弁済であると主張し、被告節子は前田個人に対する貸金の弁済であると主張して、前田と被告節子の言い分が食い違っていた。

乙被告大石は、被告節子の前田個人に対する貸金について、それ以上は尋ねなかった。

(三) 乙被告大石は、原告会社に対し、昭和六三年一〇月一三日、大阪弁護士会館会議室において、別件貸金に関して会合を開催する旨通知した。

被告節子、乙被告馨、乙被告大石(右三名を総称して「以下「梛木側」という。)、原告会社側からは経理部長である小谷、香川弁護士(右二名を総称して、以下「原告会社側」という。)及び前田が、同日、同所に集った。

梛木側は、別件貸金の存在を主張し、原告会社側は、原告会社が九〇〇〇万円を受領したことは間違いないが、帳簿上、前田の原告会社に対する貸付金とされていること、前田が被告節子に対し右九〇〇〇万円を支払ったことなどを説明した。

これに対し、梛木側は、右九〇〇〇万円の支払は、被告節子の前田個人に対する貸金の弁済であって、別件貸金に関する弁済でない旨説明した。前田も、原告会社は昭和六一年一二月一二日、九〇〇〇万円を借り受け、これを弁済していないと述べた。原告会社側が、右弁済に原告会社振出しの合計二二〇〇万円の小切手を使用したのではないかと質すと、前田は、それは、別件貸金についての原告会社による弁済に当たるかもしれない旨答えた。

原告会社側は、梛木側に対し、別件貸金及び本件各貸金についての証拠書類の提示を要求した。被告節子は、金銭消費貸借契約書や領収書等は一切ない旨答えたうえ、原告会社側に対し、原告会社に九〇〇〇万円が入金されていることは間違いないから、その弁済についての証拠書類を提示するよう要求した。原告会社側はこれに応ぜず、前記九〇〇〇万円以外の被告節子と前田個人との間の消費貸借契約など信用できず、九〇〇〇万円を返済する意思はない旨強く主張した。

こうして、会合は、結局、平行線をたどり、双方の対立は解消されなかった。

(四) 乙被告大石は、原告会社が返済の意思がない旨主張するので、訴訟等による解決もやむを得ないと考えた。

乙被告大石は、乙被告柳原の代理人として、原告会社に対し、昭和六三年一〇月、乙被告柳原を債権者、原告会社を債務者とする動産の仮差押えを当庁に申し立て(別件仮差押事件)、同月二四日、その決定を受けて、同月二七日、原告会社の工場内製品倉庫に存在していたカラー鉄板製品二〇〇トン(評価額三〇〇〇万円)を仮に差し押さえた。

さらに、乙被告大石は、同年一一月一七日、乙被告柳原を原告(訴訟代理人・乙被告大石)、原告会社を被告とする別件訴訟事件を訴えを提起するとともに、甲事件について訴えを提起した。

(五) 被告節子は、乙被告大石に対し、別件訴訟事件又は本件訴訟事件(甲事件、乙事件)の進行中に、前記一3(一)・(二)のとおり、原告らから乙被告柳原の銀行預金の証明書等が提出されるのに合わせて、本件各消費貸借の貸付日・金額・資金源等についての説明を変遷させ、乙被告大石は、被告節子の説明に副って、右各訴訟における乙被告柳原又は被告節子の主張を構成した。

2  被告節子、被告柳原及び被告馨の責任の有無

(一) およそ、法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を求めて、裁判所に提訴しうる権利(裁判を受ける権利)は、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であり、最大限尊重されなければならないから、民事訴訟における訴えの提起について、不法行為の成否を判断するにあたっては、裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされる。

したがって、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合においても、これによって、訴えの提起が直ちに違法性を帯びるわけではなく、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くだけでなく、提訴者がこれを知りながら、または、通常人であれば容易にそのことを知り得たのに、あえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に、訴えの提起は違法性を帯び、不法行為を構成するものと解するのが相当である。

そして、仮差押え・仮処分等の保全処分は、暫定的な性格を有するものの、債務者にとって事実上重大な影響を与える結果となる場合もあり、しかも、主として債権者側の主張及び疎明資料に基づいて審理され、債務者に十分な防御の機会が与えられないこともあるから、その申立てには慎重さが要求される。したがって、保全異議訴訟あるいは本案訴訟において、当該保全事件の被保全権利の存在が否定され、右判決等が確定した場合には、被保全権利を基礎づける事実関係が容易に理解しがたいとか、法律関係の解釈が困難であるとか、申請者が被保全権利が存在すると信じたことについて、相当の理由がある場合などの特段の事情がない限り、申請者に過失があったことが推定されるというべきである。

(二) 被告節子の責任

前記説示のとおり、本件各消費貸借契約の存在は認められず、本件引受契約の対象となった利息金は、別件貸金に基づくものであること、別件貸金の貸主は被告節子、借主は前田であることからすれば、乙被告柳原が原告会社に対する別件仮差押事件及び別件訴訟事件において主張する権利又は法律関係は、事実的、法律的根拠を欠いていたものである。

もっとも、別件消費貸借契約の当事者に関しては、別件訴訟事件判決(甲一〇)が説示するとおり、その確定に困難な一面もないとはいえないが、別紙2「弁済状況一覧表」記載1の弁済状況のとおり、被告節子又は被告柳原と、前田又は原告会社との間には、いずれにしても別件貸金以外右の元本債権は昭和六二年九月二二日に消滅していたことは明らかである。

被告節子は、前記説示のとおり、乙被告柳原から、第一売買、第二売買の代金の管理・運用を委ねられ、その銀行口座等の入出金等をしたり、前田との間で別件消費貸借契約を締結し、前田から別紙2「弁済状況一覧表」記載1のとおり弁済を受けており、また、別件仮差押事件の申立て(その執行の申立ても含む。)や別件訴訟事件の提訴・追行も、実質的には、被告節子の意思に基づいてなされたものである。

したがって、被告節子において本件各消費貸借契約の不存在を認識しなかったとは考えられない。

すなわち、被告節子は、昭和六三年一〇月当時、少なくとも、別件貸金元本債権の不存在を認識していながら、乙被告柳原をして、別件訴訟事件の提訴・追行や別件仮差押事件の申請・執行等を行わしめたのであるから、これらは裁判制度の趣旨目的に照らして著しく不相当であり、原告会社に対する不法行為を構成するといわざるを得ない。したがって、被告節子は、原告会社に対し、右不法行為によって生じた損害を賠償すべき責任がある。

(三) 乙被告柳原の責任

乙被告柳原は、別件消費貸借契約の当事者、本件各貸金の存否、前田の被告節子に対する弁済状況(被告柳原名義の訴外摂津信用金庫総持寺支店の普通預金口座に入金されている(乙一六の1・2、二三の1〜4)。)、等について何ら調査せず、ただ、被告節子が指示するままに、別件仮差押事件を申し立て(その執行の申立ても含む。)、別件訴訟事件を提訴・追行したのであって、右の調査を行うか、被告節子に問い質すことによって、容易に事案の実情を把握することができたのであるから、乙被告柳原は、別件貸金元本債権の不存在について、少なくとも認識可能な状態にあったというべきである。

したがって、乙被告柳原は、被告節子と連帯して、別件訴訟事件の提訴・追行や別件仮差押事件の執行等によって原告会社が被った損害を賠償すべき責任がある。

(四) 乙被告馨の責任

乙被告馨は、被告節子の夫であり、昭和六三年一〇月一三日の大阪弁護士会館での会合等に出席している。

しかし、そのことから直ちに、乙被告馨が被告節子と共謀のうえ、別件仮差押事件の申立て等をしたとまで認めることはできず、他に右共謀を認定するに足りる証拠はない。

したがって、原告会社の乙被告馨に対する請求(乙事件)は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

3 乙被告大石の責任の有無

(一) 不当訴訟・不当仮差押えと弁護士の責任

(1) 弁護士は、法律上の紛争に関して依頼者の利益を適切に代弁し、その権利の実現を図ることを職務とするが、他方、基本的人権を擁護し、社会正義の実現を図ることをも使命としており(弁護士法一条一項、三条一項)、右公益的要請から、弁護士は、依頼された事項の目的又は手段・方法等が不当な場合には、当該事件を受任してはならないものとされている(弁護士倫理二四条)。

(2) ところで、対立する当事者の一方の代理人として行動することを職責とする弁護士は、当該訴訟の提起又は保全処分の申立て自体が相手方に対する不法行為を構成し、その依頼者が相手方に対し、損害賠償義務を負うという場合があっても、必ずしも右依頼者と運命を共にするわけではない。

すなわち、弁護士としては、法律の専門家としての立場から、保全処分の申立て、訴えの提起についての可否、当否を検討すべきであり、その結果、委任に基づいてなされる保全処分の申立て・訴えの提起が違法であることを認識しながら、あえてこれらに積極的に関与したり、または、違法な提訴又は申立てであることを容易に認識できるのに、漫然とこれを看過したような場合に初めて、相手方に対する不法行為責任を負うことになるというべきである。

そして、右検討の結果、訴訟の帰趨等について、弁護士の認識・見解と委任者の認識・見解との間に齟齬が生じた場合、当該弁護士が事件を受任して委任者の認識・見解どおりに訴えの提起等を行うか、事件を受任しないかについて、各弁護士の裁量に委ねられるべきであり、右の理は、訴訟の途中で弁護士と委任者の間の認識・見解の不一致が生じた場合も同様である。したがって、弁護士が、証拠のねつ造に関与するようなことがあれば格別、単に提訴者の言を信じて訴訟行為を行ったという一事をもって、応訴者に対し不法行為責任を負うということはできない。

(二) 乙被告大石の責任

(1) 前記のとおり、別件貸金元本債権の存否を判断するためには、本件各貸金の存否が重要であったのに、乙被告大石は、本件各貸金の貸付日、貸付金額、資金源等について十分な調査をしていたということはできない。

(2) しかし、乙被告柳原の預金口座から出金された九〇〇〇万円が原告会社の銀行口座に入金されており(前記第二・一2)、被告節子や前田が説明するとおり、別件消費貸借契約が貸主を乙被告柳原、借主を原告会社であると認識することに相当な理由がったと認められる。

さらに、本件各消費貸借契約について、被告節子と前田がそろって存在する旨述べていたこと、第一売買及び第二売買の代金合計金額は別件貸金及び本件各貸金の資金源として十分な金額であったことは、既に認定したとおりである。

(3) 右(2)のような事情に照らすと、別件仮差押え申立時、別件訴訟の提起時に、弁護士として提訴や仮差押えの申立てが違法であると容易に認識できる状況にあったとは認められない。その後、被告節子により供述の変遷が別件貸金をめぐる権利関係を複雑で分かりにくいものとしているが、このことの故に乙被告大石が別件訴訟を追行したことが直ちに違法であるとまでは即断することはできない。

したがって、原告会社の乙被告大石に対する請求(乙事件)は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

四  別件仮差押事件の執行等により原告会社が受けた損害・相当因果関係について(争点3)

1  仮差押えの執行により、商品(カラー鉄板製品二〇〇トン)を販売できなかったことによる金利相当額の損害について

(一) およそ、商人による営業は、資金を有効に活用し、その利潤を最大限に挙げることを目的とするから、商品の製造・販売を目的とする業者において、商品が仮差押えにより出荷・販売できなくなった場合、売却により取得可能な販売価額相当額を他者から借り入れるなどし、その資金をもって商品を製造・販売するのが一般であると考えられる。

したがって、原告会社には、本件仮差押えの結果、当該商品であるカラー鉄板の販売ができないことにより、他に特段の事情がない限り、出荷停止の間、当該商品の販売価額に商事法定利率である年六分を乗じた金額に相当する損害が生じたものと認めるのが相当である。

(二) カラー鉄板製品二〇〇トンの販売価額について

証拠(甲六六、乙九)によれば、芦田は、執行官に対し、別件仮差押事件の執行の際、差押の対象とされたカラー鉄板製品の価額について三〇〇〇万円と述べ、これが右製品の評価額になったものと認められるから、右製品の価額は三〇〇〇万円であると推認できる。

証人三宅将介(原告会社の営業部長。以下「三宅」という。)は、右製品の価額が別紙4「損害金明細書(一)」記載1(2)のとおりである旨証言するが、右価額は数種類あるカラー鉄板製品の平均標準販売価格を基礎としたものであり(乙一二三の1)、他方、差し押えられたカラー鉄板製品についてその種類が特定されていないから、右製品の価額が同表記載2(2)の価額であると認めることはできず、他に右推定を覆すに足りる証拠はない。

(三) カラー鉄板製品二〇〇トンの出荷停止状況

(1) 別件仮差押事件が執行された期間は、前記第二・一4のとおり、昭和六三年一〇月二七日から平成三年三月一四日までである。

証拠(甲六五、六六、乙九、二七、証人三宅の証言)によれば、当庁の執行官は、昭和六三年一〇月二七日、原告会社の工場内倉庫に存在したカラー鉄板製品二〇〇トンについて別件仮差押事件の執行をし、その公示書を原告会社事務所会議室に貼付したこと、乙被告柳原の申立てにより、平成元年八月一〇日、点検執行が行われたが、異状はなかったこと、別件仮差押事件の執行直後、仮差押えの対象とされたカラー鉄板製品二〇〇トンのうち約一〇トンが販売され、約四か月間補充されなかったことが認められる。

(2) 右各事実によれば、原告会社は、別件仮差押えの執行により、昭和六三年一〇月二七日から平成元年二月二六日までは少なくとも一九〇トン、同月二七日から平成三年三月一四日までは少なくとも二〇〇トンのカラー鉄板製品の出荷を停止していたものと認めることができる。

もっとも、被告節子らは、差押対象である右製品二〇〇トンが、仮差押えの執行期間中も、随時流動しており、芦田も右点検執行の際、その旨述べていたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(四) 以上によれば、別件仮差押えの執行により原告会社が被った金利相当損害金は、別紙8「損害金計算書(二)」記載のとおり、四二五万四三〇五円であると認めるのが相当である。

2  商品仮差押えによる取引量減少について

原告会社は、昭和六三年ないし平成三年のカラー鉄板製品の取引先営業所別の出荷状況は、別紙6「カラー鉄板扱店別出荷実績表」記載のとおりであるが、別件仮差押えの執行により、本件四営業店に対する売上げが、同表記載のとおり減少した(別紙7「カラー鉄板出荷実績推移」はこれを整理したものである。)と主張し、証人三宅もこれに副う証言をする。

しかし、前記別紙6の表によれば、仮差押えの執行期間中も、逆に出荷実績が増加している営業店があること、本件四営業店は、別件仮差押事件の執行直後である昭和六三年一一月、一二月においても出荷実績の減少がそれほど認められないこと、昭和六二年以前の出荷実績が示されていないことなどを考慮すると、別件仮差押事件の執行と、本件四営業店に対する取引量の減少との間に関連があるとの証人三宅の前記証言は直ちに信用することはできず、他に原告会社の主張を認めるに足りる証拠はない。

3  別件仮差押えの執行等による原告会社の精神的損害について

前記一1(一)の事実に加え、証拠(乙九一ないし九二の3、証人小谷、同三宅の各証言、中山供述)によれば、原告会社は、昭和六二年一一月には倒産寸前であったが、昭和六三年一〇月当時には、その従業員等の努力による商品の販路の開拓、銀行等からの借入れ、人員削減等の措置などにより、経営の再建が軌道にのりかかっていたこと、別件仮差押事件の執行によって、その取引量のほぼ一か月分に相当する在庫について出荷できなくなり、その結果、一時、銀行等に対する返済が困難になったこと、しかし、その後、一層の人員削減や従業員の努力などにより、原告会社の経営状態がようやく回復したことが認められる。

右事実によれば、原告会社は、別件仮差押えの執行によって、信用の失墜や従業員等の士気の低下などに著しい影響を受け、様々な無形の損害を被ったことが認められる。これら無形の損害の額は、本件に現われた一切の事情を総合し、三〇〇万円とするのが相当である。

4  弁護士費用について

(一) 別件訴訟事件における弁護士費用のうち、被告節子及び乙被告柳原が不法行為による損害として賠償すべき額は、訴額、事案の困難性などを考慮すると、四〇〇万円とするのが相当である。

なお、別件仮差押事件の仮差押決定に対する異議手続の争点等は、本案である別件訴訟事件と共通であるから、右事件に関する弁護士費用は、別件訴訟事件の弁護士費用に含まれると解するのが相当である。

(小計 一一二五万四三〇五円)

(二) 本件訴訟(乙事件)の弁護士費用は、認容額、事案の困難性等一切の事情を考慮すると、二〇〇万円とするのが相当である。

(三) したがって、被告節子及び乙被告柳原が原告会社に対し賠償すべき損害額は、一三二五万四三〇五円である。

五  結語

以上のとおり、被告節子の原告会社らに対する請求(甲事件)は、いずれも理由がないから棄却することとし、原告会社の被告節子、乙被告柳原に対する不法行為に基づく損害賠償請求(乙事件)は、被告節子らに対し連帯して一三二五万四三〇五円及び別件仮差押事件の執行取消調書が原告会社に対し送達されて原告会社の損害が確定した日の翌日である平成三年三月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、この範囲で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、原告会社の乙被告馨及び乙被告大石に対する請求は、いずれも理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官林醇 裁判官亀井宏寿 裁判官桂木正樹)

別紙1〜3〈省略〉

別紙4 損害金計算書(一)

1 商品(カラー鉄板製品二〇〇トン)について仮差押えの執行により販売ができなかったことに基づく金利相当額の損害 合計五二二万七二五一円

(1) 仮差押執行期間 二八か月一九日間

(仮差押えの執行・昭和六三年一〇月二七日、解放・平成三年三月一四日)

(2) カラー鉄板製品二〇〇トンの販売価格

① 昭和六三年一月一日〜平成元年六月末日

一トンあたり平均標準販売価格 一五万七八〇〇円

二〇〇トンの販売価格 三一五六万円

② 平成元年七月一日〜平成四年三月末日

一トンあたり平均標準販売価格 一六万七三〇〇円

二〇〇トンの販売価格 三三四六万円

(3) 長期プライムレートの年利率による利息相当損害金

合計五二二万七二五一円

別紙5「カラー鉄板、数量二〇〇トン仮差押えによる蒙った損害金利計算書(利率は長期プライムレート)」記載のとおり

(4) (仮定的主張)

商事法定利率年六分の割合による損害金 合計四五二万一〇一四円

① 昭和六三年一月一日〜平成元年六月末日(二一二日)

一〇九万九八四四円

② 平成元年七月一日〜平成四年三月一四日(一年二五七日)

三四二万一一七〇円

2 商品(カラー鉄板製品)仮差押えによる取引量減少に基づく損害

合計二一四一万一八五〇円(下記2(3)+同(6))

(1) 三星商事の三営業店(姫路、松山、綾部)及び今井金商釧路営業店の計四営業店(本件四営業店)に対する出荷量減少量(昭和六三年一月〜一二月の出荷量を基準とする。)

① 平成元年一月一日〜同年六月末日 一〇一トン

二九四トン(別紙七「カラー鉄板出荷実績推移」・「主な減少店」の合計数量欄の昭和六三年一〜六月の数量)−一九四トン(同合計数量欄の平成元年一〜六月の数量)=一〇一トン

② 平成元年七月一日〜平成三年六月末日 合計五一九トン

a 平成元年七月一日〜同年一二月三一日 六八トン

二七五トン(同合計数量欄の昭和六三年七〜一二月の数量)−二〇七トン(同合計数量欄の平成元年七月〜一二月の数量)=六八トン

b 平成二年一月一日〜平成二年一二月末日 三〇〇トン(同合計数量欄の平成二年「対六三年比」欄参照)

c 平成三年一月一日〜同年六月末日 一五一トン(同合計数量欄の平成三年対「六三年比」欄参照)

(2) カラー鉄板製品一トン当たりの販売利益

① 平成元年一月一日〜同年六月末日 二万〇九三〇円

一五万七八〇〇円(一トンあたり平均標準販売価格)−(一三万六八七〇円(右販売原価)=二万〇九三〇円

② 平成元年七月一日〜平成三年六月末日 二万四六〇〇円

一六万七三〇〇円(一トンあたり平均標準販売価格)−一四万二七〇〇円(右販売原価)=二万四六〇〇円

(3) 本件四営業店の販売数量減少による損害 合計一四八八万一三三〇円

① 平成元年一月一日〜同年六月末日 二一一万三九三〇円(二万〇九三〇円×一〇一トン)

② 平成元年七月一日〜平成三年六月末日 一二七六万七四〇〇円 (二万四六〇〇円×五一九トン)

(4) 本件四営業店を除く他の取引営業店の出荷量(別紙7「カラー鉄板出荷実績推移」・「その他」の合計数量欄参照)及び取引量増加率

① 昭和六三年一月一日〜同年六月末日(昭和六三年上期) 九三三トン

昭和六三年七月一日〜同年一二月末日(昭和六三年下期) 一〇一二トン

② 平成元年一月一日〜同年六月末日(平成元年上期) 一二〇一トン

対昭和六三年上期・取引量増加率28.7%(1201トン÷933トン−1)

③ 平成元年七月一日〜同年一二月末日(平成元年下期) 一〇四三トン

対昭和六三年下期・取引量増加率3.1%(1043トン÷1012トン−1)

④ 平成二年一月一日〜同年六月末日(平成二年上期) 一〇九二トン

対昭和六三年上期・取引量増加率一七%(一〇九二トン÷九三三トン−一)

⑤ 平成二年七月一日〜同年一二月末日(平成二年下期) 一二八五トン

対昭和六三年下期・取引量増加率26.9%(1285トン÷1012トン−1)

⑥ 平成三年一月一日〜同年六月末日(平成三年上期) 一一三九トン

対昭和六三年上期・取引量増加率二二%(一一三九トン÷九三三トン−一)

(5) 本件四営業店の推定増加取引量

(本件四営業店についても、上記2(4)②〜⑥のとおり、取引量が増加すると推定して計算した。)

① 平成元年上期 84トン(294トン(昭和六三年上期の取引量)×28.7%)

② 平成元年下期 8トン(275トン(昭和六三年下期の取引量)×3.1%)

③ 平成二年上期 四九トン(二九四トン×一七%)

④ 平成二年下期 73トン(275トン×26.9%)

⑤ 平成三年上期 六四トン(二九四トン×二二%)

平成元年下期〜平成三年上期の合計一九四トン

(6) 本件四営業店の推定増加売上額喪失による損害 合計六五三万〇五二〇円

① 平成元年一月一日〜同年六月末日(平成元年上期) 一七五万八一二〇円

(二万〇九三〇円(上記期間のカラー鉄板一トン当たりの販売利益)×八四トン)

② 平成元年七月一日〜平成三年六月末日(平成元年下期〜平成三年上期)

四七七万二四〇〇円(二万四六〇〇円(上期期間のカラー鉄板一トン当たりの販売利益)×一九四トン)

3 別件仮差押事件の執行、別件訴訟事件の提起・追行等により生じた原告会社の精神的損害(信用毀損等)四三九六万六六七八円(四四二五万円の内金)

(仮差押執行期間二八か月間の原告会社の総売上高88億5000万円×0.5%=4425万円

4 弁護士費用 合計一三〇〇万円

(1) 別件訴訟事件(別件仮差押事件についての異議申立事件も含む。)の弁護士費用 一〇〇〇万円(別件訴訟事件費用一一五五万七〇〇〇円、異議申立事件費用二八八万九二五〇円の合計一四四四万六二五〇円の内金)

(2) 乙事件弁護士費用 三〇〇万円

5 損害金合計額 八三六〇万五七七九円

別紙5

カラー鉄板、数量200トン仮差押による蒙った損害金利計算書(利率は長期プライムレート)

仮差押

トン数

販売価格に換算

金利設定基準日

期間日数

利率

利息(損害)金額

トン当単価

金額

200トン

157,800円

31,560,000円

63年12月1日~1年6月30日

212日

5.7%

1,044,852円

167,300円

33,460,000円

1年7月1日~1年7月2日

2日

5.7%

10,450円

1年7月3日~1年10月31日

121日

6.0%

665,533円

1年11月1日~1年11月30日

30日

6.2%

170,508円

1年12月1日~2年1月3日

34日

6.5%

202,593円

2年1月4日~2年1月31日

28日

6.8%

174,542円

2年2月1日~2年4月1日

60日

7.5%

412,520円

2年4月2日~2月5月27日

56日

7.9%

405,553円

2年5月28日~2年7月31日

65日

7.6%

452,855円

2年8月1日~2年9月2日

33日

7.9%

238,986円

2年9月3日~2年9月30日

28日

8.5%

218,177円

2年10月1日~2年10月31日

31日

8.9%

252,920円

2年11月1日~2年12月2日

32日

8.3%

243,478円

2年12月3日~3年1月3日

32日

8.1%

237,611円

3年1月4日~3年2月28日

56日

7.8%

400,419円

3年3月1日~3年3月14日

14日

7.5%

96,254円

合計

5,227,251円

別紙6〜7〈省略〉

別紙8 損害金計算書(二)

商品(カラー鉄板製品二〇〇トン)について仮差押えの執行により販売ができなかったことに基づく金利相当額の損害 合計四二五万四三〇五円

1 昭和六三年一〇月二七日〜平成元年二月二六日(一九〇トン) 計五七万五四〇一円

(1) 昭和六三年一〇月二七日〜同年一二月三一日 三〇万八三六〇円

三〇〇〇万円×(一九〇トン÷二〇〇トン)×(六六日÷三六六日)×六%=三〇万八三六〇円(一円未満切捨て)

(2) 平成元年一月一日〜同年二月二六日 二六万七〇四一円

三〇〇〇万円×(一九〇トン÷二〇〇トン)×(五七日÷三六五日)×六%=二六万七〇四一円(一円未満切捨て)

2 平成元年二月二七日〜三年三月一四日(二〇〇トン) 計三六七万八九〇四円

(1) 平成元年二月二七日〜三年二月二六日 三六〇万円

三〇〇〇万円×二年×六%=三六〇万円

(2) 平成三年二月二七日〜同年三月一四日 七万八九〇四円

三〇〇〇万円×(一六日÷三六五日)×六%=七万八九〇四円(一円未満切捨て)

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